絵画

絵画

 

筆と墨で表現する水墨の技術は中国の唐時代(618~907)に成立しました。日本には鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて入ってきたと考えられています。この時期には多くの禅僧が中国へ留学し、水墨画を持ち帰りました。また、同じ時期バサラ大名(※)と呼ばれる派手好きの武家達によって高級舶来品である唐の水墨画が輸入されたことも日本に水墨画が入って来た理由の一つとされています。
日本で水墨画が描かれるようになった初期の頃は、高級品である中国の人気絵師達の水墨画に似せて描く事が望まれていました。日本の絵師達は「○○(中国の人気絵師)風に」と言われると、その絵師の特徴やクセなどを真似して描いていました。江戸時代に入った頃、日本画有数の流派である狩野派は「自分の才能にまかせて描く絵(質画)より、以前よりある絵を模写し続けていく継続の中で成り立つ絵(学画)を描け」と説きました。しかし、これでは絵を写し継ぐことはできても、新しい絵を生み出す事ができず、見る方も描く方も面白みに欠けます。そう感じた絵師達はやがて狩野派を離れ、自分の才能を生かして様々な水墨画を描き始めました。独自の道に進んだ絵師達により、水墨画のジャンルや流派は多様化しました。
現在も趣味で水墨画をたしなむ人は多く、中国からもたらされた水墨文化が日本に溶け込み、日本文化の1つとして長い間大切に受け継がれていることが分かります。

※バサラ(婆娑羅)大名…華美で派手な服装で着飾り、ぜいたくの限りをつくす将軍のこと。鎌倉幕府の滅亡後、この風潮が流行しました。