仏像

仏像

中国の金銅仏の歴史を見ると、大きな山は唐までで、それ以降は金銅仏製作は宋・元と下火になりますが、明・清代になるとチベット仏教の影響を受けた金銅仏が盛んに作られるようになります。

 明・清の金銅仏は、それ以前のものに比べ大型化し、台座等に色々な装飾がなされるようになります。この時代の金銅仏は像としての完成度が高く、背面からの視点にも注意が払われた優れたものが数多く残されております。

 ただし、時代が比較的新しいため、渡金が完全に残っているものや珍しいスタイルの仏像の評価は高いものの、一般的なものは状態が良いものでもそれほど評価はされていません。

中国周辺地域の金銅仏
 中国歴代王朝以外の金銅仏としては、朝鮮仏・チベット仏・東南アジア系仏等、色々なものがありますが、本稿では朝鮮仏に触れたいと思います。
 朝鮮の仏像としては、新羅・百済の時期が最も盛んに金銅仏が作られた時代です。高句麗までは中国の仏像形式の影響を強く受けたものが多く確認されていますが、高麗以降は儒教の影響を強く受けた形態となり、様相を異にします。

 一般的に、朝鮮の金銅仏は、中国の金銅仏に比べて頭部が大きく作られており、中国の金銅仏が8頭身とすると、5ないしは4頭身に見えるものが多くなります。高句麗以降の金銅仏は立体的に造形されているものが多く、朝鮮石仏との関連も指摘されております。